名付け親という風習は一体いつから?

名付け親という風習

 

日本には、「親」といってもいろいろな親がいます。「生みの親」「育ての親」など、血縁関係だけにとどまらず、自分の人生にどう関わってくれた人なのかという内容に応じて、様々な親がいるものです。もちろん、すべての親が同じ人であるという方もいらっしゃるでしょうけれども。

 

そして、名前を付けてくれた人のことを「名付け親」と呼びます。これは人間に対しての命名だけでなく、新しく発売される商品、新しく発見された現象などなど、とにかく名前を付けた人のことを「名付け親」というふうに呼ぶようです。しかしこの名付け親、人間の場合においては、単に「名前を付けてくれた人」という以上の意味を持っているようです。

 

というのも、名付け親と名付けられた子とは仮の親子関係を結んで、将来の生活の後見人となってもらうという風習が、かつてはかなり多くの地方で見られたのです。「名付け人」ではなく「名付け親」というように「親」という漢字が使われているのも、このあたりの由来が関係していそうですね。ちなみに現代では新しく生まれてきた子の命名は家族内で行うのが一般的となっていますが、この名付け親の風習がまだ残っている地域もあるとのことです。こうした風習が代々途絶えずに続いているというのは、なんとも興味深いことです。

 

一般的に名付け親には、本家の人間や身分的に上の有力者を選ぶのが普通でした。そうした後見人をたてることによって、生まれてきたばかりの子どもの人生に大きな後ろ盾を作ってあげたいという親心でしょうか。そう考えるとこの名付け親という風習は、親が名前を付けるときに込める「この子が安全に、そして幸せに生きていってほしい」という願いと同じものを感じずにはいられません。

 

また、こういった風習は日本だけに限ったことではなく、例えばキリスト教の伝統的な習慣としてgodfatherというものがあります。ちなみに女性の場合にはgodmother、または両方に使えるようにgodparentと呼んだりします。これらも後見人という意味合いで、子供に洗礼を授ける際に、親に次いで責任を持つ後見人をたてるのです。

 

小説や映画などでこれらが日本語に訳されるときに「名付け親」となり、突然「どうかこの子の名付け親になってくれないか」という会話が出てきて混乱する、というのは翻訳もの好きあるあるだと思います。しかしここでの「名付け親」は先ほどの「後見人」という意味合いのものなのです。

 

「名前を付ける」という行為と「その子のその後の人生に対して責任を持つ」という意志がひとつのものとして考えられているところに、名付けるということの特別な意味を考えさせられますね。自分の子供に名付ける際にも、それだけのことをしっかりと考えて名付けたいものです。